牧枝(仮名・31歳)と申します。
かつては看護婦をしていましたが、今では看護職とは縁を切って、サラリーマンの主人と2人の子供(いずれも学生">小学生)の4人で幸せな生活を送っています。
看護婦をしていたと書きましたが、実は主人はかつて私が勤めていた病院の外部的な関係者だったのです。
つまり、某製薬会社の営業として病院をよく出入りしていた人で、私が看護助手をしていた15歳の時からの顔馴染でした。
勤めて7年後には准看護婦として働いていたのですが、病院を辞めてからしばらくは思い出す度にトラウマとなっていたのです15歳のときの私は高校2年生だったのですが、このときの私は親も先生も大嫌いで、2年になったと
きから家出を頻繁に繰り返すようになりました。幸いにも補導されなかったのですが、家出を繰り返していくうちに行くあてを失ってしまい、彷徨っていました。
するとあるとき、某病院の前の看板を見ると「看護婦志望者募集。年齢不問。やる気のみ必要」と書かれている張り紙を見て、テレカを使って電話をしました。
すると、担当者が出て履歴書に写真を貼って来て下さいと言われました。
 その日に、家に一旦戻ってお母さんにお金を貰って、写真と履歴書を揃え、翌日面接に伺いました。
家出しており、親元に帰りたくない事情を伝えると住み込みの形で即採用になりました。
勿論、看護助手からのスタートで、その仕事がかなりハードであることを十二分に承知した上でのことでした。
住み込みが決まると、家に戻って準備を整え、お母さんには家に戻らない旨を伝え、捜さないように伝えてから寮へ向かいました。
張り紙を見てから2日後に寮へ入り、3日後に勤務となりました。
 勤めて1年くらいは、めての仕事体験だったものですから、遅刻やミス、ボランティア残業(給料自体がボランティアみたいなものですが)なんか日常茶飯事でした。
そんな私でも医師たちは優しく見守ってくれましたし、婦長(当時40代で浅田美代子似ですが、鬼ババアです)の怒りも頻繁に静めてくれて大変感謝していました。
でも1年が経過すると、この3つはなくなり、鬼ババアの怒りは和らぎ、医師たちの機嫌取りも減りました。
そして、僅かな給料を貯めていたこともあり、プライベートも少しは充実していました。
 このときから徐々にあの張り紙の真なる恐さを感じることになるとは思いもしませんでした。
というのは、寮には私と同じ看護婦を目指す人が何人か住み込んでおり、その娘達の部屋の出入りが異常なほど激しいんです。
半年経ってそのパターンが掴めました。
準夜勤(15?24時)から帰った子が、深夜1時過ぎにかかってきた電話に出て、相手と話をし、受話器を切った後に、部屋を出るんですね。
そして、翌昼12時に帰ってくるんですよ。
準夜勤以外にも、日勤(7?16時)の子は、17時過ぎにかかってきた電話に出て、相手と話をした後に部屋を出て、深夜1か2時に帰ってくるんですね。
深夜勤(23?翌8時)でも、13時くらいに電話がかかってきては、しばらくしてその女の子が部屋を出て、深夜1か2時に帰ってくるんですね。
私の部屋は、2階の5部屋あるうちの真中に位置する部屋でしたから、2人の女の子が頻繁に出入りする光景は週に2?3回見ます。
その光景が不思議で堪りませんでした。
ちなみに、寮は2階建ての10部屋で、私が勤務してから退職するまでの7年間は、人の出入りが半年か1年おきに激しくなるものの、ほぼ満室状態でした。
その部屋に住み込む子の全てが10代で看護職とは無縁でした。
 こんな不思議な現象が2年程続いたある日、私は深夜勤をしていました。
このとき、不思議な現象を目にしました。
こんな時間帯ですから、することとしては警備員のような病棟内の巡回でした。
この日は私を含めて3人ほどがナースステーションにいたのですが、深夜2時頃に病棟を懐中電灯1本で巡回することになりました。
とはいえ、いつもの慣れた道なので怖くはなかったのですが、その日は変わっていました。
 歩いていくと詰め所(ナースステーション)からかなり離れた病室で、不思議な物音と声が聞こえてきました。
ドアを開けようとしたら、複数の男と女がエッチをしているような声でした。
男1「ほーら気持ちいいだろう?アヤカちゃん」アヤカ「カンチさん、気持ちいいです。ぁん!もっとぉー」ベッドがしばらくギシギシ鳴りながら2人の喘ぎ声が聞こえていました。
男2「アヤカちゃんは良いオッパイしてるねぇ。とても14歳の少女には思えないよぉ。Dカップの巨乳を40の僕ちゃんが味わえるなんてこの病院はまさに天国だねぇ」14歳?!このとき、私は背筋が凍りました。
14歳の子と言ったら、私の部屋の真下に住んでいる子で、この年の5月に引っ越して来た子で、半年も経っていないんですよ。
女「マキエちゃん、何してるの?」ビックリして、後を振り向きました。
すると、先輩看護婦がいやらしい目つきで立っていました。
しかも、制服が肌てブラやパンティが見えていました。
女「マキエちゃんって、良いオッパイしてるじゃなぁーい」私はCカップと微乳ですが、制服からは乳房の出っ張りは見えません。
先輩はAカップの貧乳で、それがコンプレックスとなっていたようで、オッパイのでかい子を見つけては触っていました。
レズビアンナースです。
女「あなたもセックスパーティしたいんでしょ?まだ17歳でしょう?処女破っちゃいなさいよ」私に抱き付いたかと思うと、その部屋のドアを開けました。
すると、14歳の女の子が2人の男とベッドでエッチしており、うち1人の男が私達の方へ歩み寄ってきました。
私は抵抗しましたが、その女に抑えられていて身動きができませんでした。
すると、女は私の制服を引き裂いてきて、ブラも強引に下へずらされました。
すると、男が私のオッパイにしゃぶりついてきました。
男は私の手を持つとチ○ポを触らせました。
触るとヌルヌルしていました。
私は不思議に思ってしばらく撫で回していました。
亀頭やくびれを特に念入りに。
男「この子テクニシャンだよ」よがり声で唸ってきました。
女「偶然よ。17歳の少女なんか、エッチがまだまだですわ。私がもっと素晴らしいテクを披露してあげる」そう言うと、私を押し退けてその男のチ○ポをフェラしました。
女「カンチさんの精液って美味しいわぁー」えっ?!私は握っていた手を見て匂いました。
精液でした。
ベッドにいる女の子に目をやると、体を精液でべとべとにしながら男性と騎乗位をしていました。
オッパイも男が喜ぶくらい大きかったです。
カンチ「カコちゃん、イッちゃうよぉー」カコ「イヤーん。カンチさんったらぁ?。すごい精力なんだからぁー」女の顔に精液がべっとり付いており、女は満足げにそれを顔に塗りたくったり、味わったりしていました。
このとき、私の股間が疼いてしまい、制服を全て脱ぎ捨てて、カンチさんの方へ歩み寄りました。
私「私もちょうだい。カンチさん、処女をあげます」ハアハア言いながら彼を床に押し倒し、フェラをしました。
すると、女が私のオ○ンコをしゃぶってきました。
その女とは69の体勢になり、私は女のオ○ンコと男のチ○ポを交互に舐めていました。
すると、彼が私の背後に回ってきて、私のオ○ンコにチ○ポを入れてきました。
私「きゃーーーー!」あまりの痛さに悲鳴を上げてしまいました。
彼はそれに構わずひたすらバックから突いてきます。
痛くて仕方がありませんでしたが、我慢するしか仕方がありませんでした。
カンチ「イクゥー!」絞り声の後に私の中に出してきました。
それを女が吸い取ってくれました。
次に私は14歳の少女が男とエッチしているところへ向かい、男の顔にオマンコを押し付け、その少女キスをしオッパイを揉みました。
少女は抵抗することなく、むしろ興奮気味でした。
巨乳のヌルヌル感が堪りませんでした。
これ以降の記憶がなく、気が付けば朝6時でした。
そして、私は精液で体中がべとべとで、ベッドには血が付いていました。
私と14歳の女の子の股間からが特に激しかったです。
急いでトイレの水で洗い流し、通常の勤務に戻りました。
その少女は、カンチさんとデートしに、病院を出ました。
 こんなことがあってから、私は14歳の少女(仮名・綾香)とのレズセックスと、カンチさんとの3Pセックスを楽しむこととなりました。
しかし、綾香が17歳(私は20歳)になると、カンチさんとできちゃった結婚をして病院を退職しました。
今でも結婚生活が続いているようですが。
このときに、私は今の主人となる拓司さん(当時25歳)と出会うことになるのです。
 拓司さんと出会いながらも、奇妙なセックスは止めませんでした。
というのは、綾香とレズ関係になってから、準夜勤の帰りのときだけ電話をかけてきてもらい、電話の相手(カンチさん)と約束をした後、病院へ向かい深夜のエッチを楽しんでいました。
勿論、このエッチには10代の少女が2?3人は必ず含まれており、男性は医師や患者が数名ほどいました。
深夜2時頃から朝6時の4時間もエッチをしていました。
私は精液が顔や体中にぶっかけられる快感に酔いしれてしまい、さらにはザーメン大量飲みもしていました。
だから、拓司さんとのエッチもかなり激しいものでした。
 こんな日々を1年半程続けていた冬のクリスマス。
私は幸運にも日勤明けで、拓司さんにレストランに誘われました。
レストラン、アミューズメント、そして最後に高級ホテルでエッチという運びになったのですが、エッチの後彼からプロポーズされました。
正直、迷いました…