ちょうど世間は夏休みシーズン真っ盛り頃の話。アウトドア用品関連の営業な俺は逆にここが稼ぎ時って事で秋田方面まで商品の売り込みに行くことになった。一応もう学校は夏休み期間に突入してるって事もあり電車も混雑が予想され上司も特急指定席をとる事を許して下さった。俺は昼飯用の弁当とお茶を買い指定の席に座った。  やっぱり結構混んでた。(あ~指定で良かった)とつくづく思ったね。秋田くんだりまで立って行ったら地獄だもん。出張準備で朝5時起きだったんで俺はしばらく眠ることにした。っていうか電車で座席に座ると俺、自動的に即寝するくせがある。しかし電車が走り出すと隣のガキ共がうるせーうるせー、寝れやしない。(今
日の席は外れだな・・・)心中で思う俺だった。電車の席の当たり外れは結構大きい。酔っぱらいとかの近くになったら最悪だし。母親が一人と子供が二人。お兄ちゃんと。多分上の子が7~8歳で下の子が5歳前後じゃないか?と思われる。ま、どーでもいいけど。いわゆる騒ぎたい盛りだ。で座席180度回転させて4人座席に座ってた。まぁこっちも相手が子供だし怒るのもなんだと思って我慢してたらそのうち慣れてきた。でウトウト眠りについてたわけ。どのくらい走った頃だったか定かではないが「す!すいません!いま元にもどしますから!」とか急に母親の声がすんの。尋常ではない母親の声質に俺はうっすら目を開けた・・・。すると体格のいいおっさんが立っている。真夏なのに黒地に細く白いラインの入ったスーツを着て、金のロレックス(いや実際ブランドは分からんけど)明らかにかたぎの人ではない。その筋のお方だった。白いエナメルの靴履いてるし。率直に気の弱い俺は凄い緊張した。(やべー!やべー!やべー!)自分のことでもないのにビビリまくる俺。だって本当に怖かったんだもんマジ。どうやらその親子は勝手に座席を回転させ四人ボックス席にしちまっていたらしいのである。母親は急いで席を元に回転させようと席を立っている。とても焦っているようだった(そりゃそうだろう)。子供も明らかに普通じゃない人だと察しているのだろう少し怯えた表情をしていた。辺りをそ~っと見回すと他の席の人は見て見ぬふり。かくいう俺も寝たふりを決め込んでた。俺はてっきりヤーさんの怒声が響くと思い目を瞑り超ドキドキしてたわけ(なさけねー)。が、「えーよ、えーよこのままで。なぁ?」と子供に向かってヤーさん言ってんの。ドスの利いた人なつこい声で(なんじゃそりゃ)。(あ~なんだ~いい人なんじゃん)他人事なのにホッと胸を撫で下ろす俺だった。普通の人が同じことをやっても何とも思わないのに、悪そうな人がちょっといいことすると凄くいい人に見えるのは何でだろうな?凄い良い人に会ったって気がしたのを今でも覚えてる。「あ、で・・・でも、ねぇ?」と言ってまだ遠慮している母親。そりゃヤーさんと同じボックスじゃ心中も複雑だろう。「だって奥さん、席ひっくり返したらお母さんと別々になっちゃうだろ。なぁ?」と言ってまたヤーさん子供に話しかけている。「うん」と頷く子供二人。まぁ頷くしかないだろうな、あの場合。大人の俺でも頷いちゃうわ。「そ、そうですか?じゃぁお言葉に甘えて・・・。お兄さん有り難うは?」子供にお礼を促すお母さんだった。(やれやれ・・・)緊張がほぐれたら急に眠くなってきた。薄目で見るとヤーさん酒をビニール袋にごっそりに詰め込んでいらっしゃる。(さすがヤーさんだ気合いが違うぜ!)俺はお隣に耳を思いっきりそばだてつつ目を瞑っていた。草食系の人間は肉食系の人間が側に来ると気になってしょうがないのだ。こういう時自分という人間の小ささを改めて思い知らされる。「ボウズ達はこれから何処へ行くんだ?うん?」とどうやら子供に話しかけてるご様子。プシ!ってさっそく缶ビールのフタ開けながら。なるべく優しく言ってるつもりなんだろうが声がやっぱりドスが利いてんのよ。こえー。「秋田!」と男の子が言うと「お婆ちゃんち!」と女の子が補足している。子供は無垢だからもう危機感をあまり感じてないようだった。「お~秋田かおっちゃんの実家も秋田。秋田は美人が多いんだぞ~!だからお母さん美人なんだ?なぁ?」と言って奥さんの方を見てニタニタ笑っている。奥さん困った顔をして笑っているだけだった。(これは困ったな・・・どうしよう・・)というのが率直な心の言葉だっただろう。でも確かに美人だったよ。いや、美人と言うよりかわいい感じの人だった。小柄だった記憶がある。ごめん具体的な顔つきまでは忘れちゃった。そっからしばらくとりとめもないようなぶつ切りの世間話をしていたな・・・。方言の話とかしてた記憶がある。南部はどーたらで北はちょっと違うとかなんとか・・・ごめん詳細な話を覚えてない。そうこうしてるうちにもビールは進む進む・・・見るともう5本目開けてんだぜ?(延べにして1時間ちょっとしか経ってねぇだろ?)車内が酒臭ぇ酒臭ぇあの独特の甘~い匂いが充満してんの。こっちが飲んでないとあの臭いキツいよな。そして駅が進むにつれだんだんと人も降りて席もまばらになっていった。窓の外は緑の田園風景がのどかに延々と続いている。まぁ殆どの人が秋田くんだりまで行かずに途中の観光地で降りるんだろうね。奇しくも俺とお隣の席だけが人口密度が高かった。つくづく(ついてねーな)と心底思ったよマジ。何でこんなにガラ空きなのに俺とこの親子はヤーさんの隣の席に座らなければならねーんだ?っつぅ。まだ寝たふりしながらうっすら目を開けて隣席の状況を探る俺だった。気になって寝られやしない。ヤーさんとうとう5本目のビールを完全に空け何とウイスキーの小瓶をとりだしたのである(まだいきますか?)。でもさすがにちょっと赤ら顔になっていらっしゃる。まぁそれはいいのだが、さっきから気になる事が一つ。少しずつではあるがヤーさんの体が奥さんの方向に傾きかけている・・・気がする・・・。(いや・・・気のせいだよな、酔っぱらってるし・・・)と思い直す俺。どうしてもいい人だと思いこみたい俺だった(そんな事ってないっすか?)。しかしヤーさん豪快に足をオッぴろげ手を背もたれに投げだしてんだけど、明らかに奥さんの側に領空侵犯してんのよ。まぁヤーさんはだいたい手足おっぴろげてるのもんなのかもしれんから意図したもんじゃないと思ったけどね。でも奥さんが体を起こしてるから背中には触れてないけど寄りかかったら触れちゃう微妙な距離。俺気になってしょうがなかった。現に奥さん超居づらそう・・・。顔を引きつらせてるし。そんな母親の戸惑いにも気付かずのんきにガキ共は「おかーさん!これ食べていい?」とどうもお菓子を喰っていいのか聞いている様子。ヤーさんは酔っぱらった厭らしい目でニタニタ笑いながら奥さんの方を見てる。ちょっと厭な予感がした。ごめん言葉には上手く言い表せないんだけどいわゆる(この女抱きてぇ)みたいな無言のオーラがあんのよムンムンと。(脱出しちゃえよ!次の駅で降りちゃえ!)危機感を感じた俺の良心が叫んでる。・・・んだけど逆にチンポはよからぬ事を期待して高まってくるわけ。男ってのはどうしようもねーな。「あんまり食べちゃだめよ・・・」と奥さん顔を引きつらせながら言ってんの。「ボウズよかったな」と言ってポケットをなにやらごそごそやっている・・・。なにがでるのか俺はドキドキしながら薄目で見てた。「ガム喰うか?おっちゃんもう要らないからやるよ」と言って子供に差し出すヤーさん。言葉にしちゃうと、とても良いヤーさんに聞こえるが、これで奥さんが逃げにくい環境を作られちゃったような気もする。ヤーさんてこういうとこが上手いんだよな多分意識しないでやってんだろうけど。いい人そうに装いつつ現に腕は図々しくももう奥さんの肩に届きそうなとこにきてんだもん。「ありがとー!」と言って女の子の方が無邪気に手を伸ばしてんの。(バカ!もらっちゃ駄目だって!)俺気がきじゃない。「す、すいませんどうも・・・」と奥さん礼を言っている。(礼なんか言っちゃだめだよ逃げなよ)と思うんだが言わせちゃう雰囲気を作っちゃうとこがさすがだとも思った。「いいんだよ、要らねぇって思ってたんだからよ、なぁ?」と言ってヤーさん女の子の方を見て笑ってる。しかし手はもう奥さんの肩にかかりそう・・・。俺はもうそっちが気になってしょうがなかった。その時だ。「お?奥さんその指輪いい指輪じゃねえか!?」と言っておもむろにヤーさん奥さんの手を握っわけ。ドキン!他人の奥さんなのに俺の方がビクった、マジビクった。「あっ・・・はぁ・・・あの、け、結婚記念に・・・」奥さんビクっとしながら生真面目に応えてんの。(やめて!って言えよ!バカ)と思ったが、指輪褒められてんのに(やめて)とも言い辛いんだろうな。それにヤーさん独特の威圧感もある。「高かったろ?え~?何カラット?」と言いながら奥さんの白い指を撫で撫でしてるわけ。「あっあっ・・・な、何カラットなのかしら・・・主人が買ってきてくれたから良く分からなくて・・・」と奥さん。撫でられるヤーさんの指の動きにビクッ!ビクッ!っと体をこわばらせるんだけどなかなか拒否できないでいる。「お母さーん!あっちの席行ってゲームしてもいい?もう誰もいないよ?」とのんきなことを言うガキ。(気付けよバカ!)とマジ思った俺があのぐらいガキだった頃なら気付くと思うな。「おう!行け!行け!もう誰も来ねぇよ!貸し切り電車だ!」とヤーさんまるで邪魔者を追い払うかのようにシッシッとやっている。母親の危機に気付かず無邪気に走ってくガキ共。「わ、私も行こうかしら・・・」と奥さんそ~っと席を立とうとしている。「いい…