10年位前の事です。私の家は、母子家庭で、弟がいます。冬休みの事です。 母が勤めに出ていたので、いつもの様に、四つ違いの弟をつれ、近所のス?パ? に、買い物に行った時の事です。  私は小学校の4年でした。其処で、弟が、お菓子を、ポケットに入れたまま、 レジで支払いを済ませ、家に帰ろうとしたとき、二人のおじさんに呼び止められました。 弟の、取ったお菓子の事で、厳しく問いつめられ、弟は泣き出しましたが、 おじさん達は、情け容赦無く、警察に連れて行くから、お母さんを、呼んで 来なさい、と言わ-----れたので、    「お母さんは、会社で、夜まで帰ってきません。」と、言うと、    「それじゃ、君
が連れて来たんなら、君が、保護者なんやな?」  私は、弟のした事が、本当に大変な事のように思えて、何としてでも、弟を、  助けなければと、    「ハイ!わたしが、保護者です。」と、言ってしまいました。    「そんなら、君に、来て貰おか!」  もう一人の凄く太ったおじさんが、    「ほんまやったら、警察まで来て貰うんやが、そうすると、学校にも、     親にも連絡して、取り調べるゆう事になるんやで!」    「まあ、其処までしたら、可哀相ですやろ。なんやったら、儂の知り合いの    家が、近所やさかい、そこで、取り調べさして貰うちゅう事で。」    「後々の為にも、甘やかしたらあかんのやが、そこまで言うんなら、君の、     知り合いの家を、借りるか。」    「その代わり、厳しく調べる!ええなあ!」   私は、弟を助けたい一心で、頷きました。それにその人達が、警察の人だと、   信じ切っていたんです。今から思うと、その人達は私のことを前からねらって  いたみたいでした。家の事情も皆、解っていたんだと思います。    その、汚いマンションは、人気も無く、薄暗い所でした。部屋に入ると、   おじさん達より、もっと歳のいった人がソファ−に座っていました。     「どうしたんや?山田君。」     「はい、万引き犯の片割れですわ。この人は、儂等の大先輩で、万引きの     犯人を何人も捕まえて、刑務所に入れてはるんや。」     「折角や、大山先輩にも手伝うてもらお。」      住所や名前を訊かれ、「和田陽子です。」と答えると、     「さっきも言うたように、警察には連絡せんといたる。その代わり、      徹底的に、身体検査したる。それから、二度と、こんな事せん様に、      儂等三人掛かりで、厳しいお仕置きをしたるさかいな!解ったか?」    私は、三人もの、大人の人に囲まれ、恐ろしいばかりで、早く終わって   欲しいと、思うばかりでした。     身体検査が、始まりました。証拠写真を撮ると言って、痩せた方のおじさ   んが、カメラで、撮っていました。今思うと、ビデオカメラだったんです。       最、ジャンパ−だけ脱がされ、両手を頭の上で組む様、言われて、太った   おじさんと大山というおじいさんに前と後ろから、大きい手で体中を調べら   れました。    セ−タ−とズボンの上からでしたが、おじさん達は、ニタニタし   ながら、1時間近く、撫で回しました。特に、お股やお尻を調べる時は、    テ−ブルの上に立たされ、太い指でグリグリされ、すごく痛かったです。      それが終わると、セ−タ−とズボンを脱がされ、Tシャツとスパッツに    され、お仕置きと言って、おじさん達三人にかわるがわるにスパンキング    (おしりたたき)をされました。    今、思い出しても、恥ずかしくて、顔が    赤くなりそうなお仕置きでした。この辺から、幼な心にも、単なる罰と    言うより、何かイヤラシイ事をされている、と 感じていました。    でも、余りに幼かった私は、只、歯を食いしばって恥ずかしいイタズラを、    耐えるしか無かったのです。一番目は、痩せたおじさんでした。       「こんな可愛い顔して、万引きするとは、..泥棒と一緒やぞ!        二度とせん様に、タップリお仕置きしたるさかいに、覚悟するんや」     膝の上に、俯せに押さえ付け、スパッツの上から、50回位叩かれ、    ワンワン無きじゃくりました。一回叩く度に、私のお尻を撫で回したり、    お股の間を、イタズラするんです。    私は、叩かれる痛さが先で、それほど気にならなかったんですが、その痩せた    おじさんは、幼気な私のお尻を、思う存分楽しんで、変態的な性癖を満足させ    ていたんです。   二番目は太ったおじさんでした。同じ様にされました。只、そのおじさん   は、力も強く、お尻の感覚が無くなるほどでした。    二人のおじさんに、散々お仕置きされた後、ちょっと休憩や、と言って、三人は   ヒソヒソ話しをしていました。私は、ソファ−で俯せのまま、シクシク泣いて    いました。暫くして、大山というおじいさんが、   「最後は、儂がもっと厳しいお仕置きと身体検査をしたるさかいにな。」   また、同じように膝の上に俯せに乗せられ、お尻叩きをされました。今度は、   もっと露骨にイヤラシイ事を一杯されたんです。   二人のおじさんにお仕置きされている間、ジッと耐えていたのをいいことに、もっ   ともっと酷い事、しても、この子は誰にも言えないから、大丈夫。そんな相談をし   ていたんだと思います。   スパッツの上からアソコやお尻の割れ目を指で穿りまわされ、   1時間以上、虐められました。それが終わると、    「スパッツの上からやと、効き目が無い。瀕剥いて、じかに叩かんといかん    じゃろう。」      おじいさんは、厭がる私を、太いおじさんに押さえさせ、Tシャツもスパッツも  剥くように、脱がしていきます。きっと私の恥ずかしがる顔を見て悦しんで  いたんだと思います。   パンツも脱がされ、丸裸にされて終いました。この頃から、三人共、露骨にイヤラ   シイ言葉を平気で言っていました。興奮のあまりそれまでと違う人みたいでした。    「よっしゃ!これで最後の身体検査や!君ら、この子の持って、思いっきり    拡げるんや。」    「へえ、解りました!」   私は、仰向けで、まんぐり返しに押さえられ、おじいさんがに、私のアソコを、   鼻がくっつく位、くっついて覗かれたり、指で割り拡げてイタズラされました   「オマンコに、何か隠しておらんかどうか指突っ込んで調べたる。」    「そんな所、何も隠してません。許してください」    泣きながら、お願いしました。 おじいさんは、イヤラシイ顔であそこをべっちょ べちょ舐めました。そして...太い指を、ずぶり!こじ入れたんです。    「痛!痛い−...許して下さい!..痛いよう、痛いよう−」  それから、散々私のあそこを、順番に虐め抜いて、最後に三人の、おちんちんを  舐めさせられました。大きくてとても口には入り切りませんでした。  順番に、私の上にのし掛かる様にして、おちんちんをお股の間にグイグイ擦り付けて、   射精したんです。全てが終わったのは、夕方でした。何と、6時間以上も、   変態オモチャにされていたんです。  でも、4年生の私には、これが、どれほど恥ずかしい事か、未だ解りませんでした。  それでも、絶対、人には言え無いこと位は、子供心にも感じていました。帰り際に、    「また、来て貰わんとあかんかも知れん。来んかったら、さっきのんが、     写っとる写真、皆に見られるでえ。お母さんにも、学校のともだちにも。     あんな写真見られてもええんか?」    あの変質者達は、私みたいな美味しい獲物を、簡単には    諦めて呉れませんでした。やっと許して貰えたと思っていたあの日が、始まり    だったんです。     住所、電話番号、学校、お母さんの名前から、勤め先まで全部、あのおじさん     達に、言っていました。      土.日を挟んで三日後の朝、お母さん仕事に出て直ぐに電話があり、もう     少し訊きたい事が有るから、8時迄に家に来ると言うのです。弟は土曜から親     戚に、行っていたので、私一人でした。うちの事情を皆、知っているみたいで      した。     おじさん達は、直ぐやって来て部屋に上がり、    「祐子ちゃん、少しは、反省したんかいな? え−?」    「はい、もう絶対、あんな事、させません。」    「君の疑いも、未だ、晴れた訳や無いんやで。解っとるんやろな?」    「そんな!私は、本当に知りませんでした。」    「まあ、ええやろ。今日は、先に、家の調べや。」お母さんの部屋と私の部屋     を、訊いて、太ったおじさんがお母さんの部屋、痩せたおじさんが私の、     部屋へそれぞれ、大きなボストンバッグを持って、入って行き、昼まで、     3時間位、タンスや押入をゴソゴソしていました。      その3時間の間、私は、居間でおじいさんにイヤラシイ事をされ続けました。      鞄からビデオを出し、見せられたんです。      それは、3日前、私がおじさん達三人掛かりで、いやらしいお仕置きを     受けた、ビデオでした。画面の映像は、緊張して無我夢中で我慢していた     3日前の現実の何倍も凄まじい物だったと、解り、ブルブル震えてい…