少し前、兄貴の家へ遊びに行った時、緊急の用件が入ってパソコンを借りた。
兄貴のパソコンは修理中だったが、兄さんが自分用のを快く貸してくれた。
ついでに借りたメモリーカードにデータを落とし、必要な連絡をフリーメールで入れて、用件自体はほんの数分で終了。
この時、ちょっとした出来心というか悪戯で、ドキュメントにあった文書も幾つかコピーして一緒にカードへ落としたんだ。
自宅に戻ってから、落とした文書を改めてチェック。
写真や動画じゃないから、ハメ撮りとかそっち系は最初から期待してない。
本当に単なる覗きだけど、それもほめられたもんじゃないけどな。
入ってたのは文字通りの『メモ』やメールの下書きの類。
下書きも不倫を示唆するやつとか、ワクワクする中身のはなかった。
主婦のパソコンなんてこんなもんか…と自分の悪趣味を反省してたら、最後に見たメモ帳に小説のような体験談のような文章が書いてある。
どっかのブログをコピペしたようにも見えたが、兄本人が書いたっぽい。
誰かに宛てたメールでもなさそうだし、SNSにアップする日記か何かかな…とも思ったが、読むうちに掲示板への書き込みの下書きらしいと分かった。
出てくる家族の構成がうちと同じで、文中の『私』は長男のという設定。
『って事は、この「義弟」って俺の事?』と思って読み進めていったんだが、途中で気分が悪くなった。
登場人物は、誠実で一本気だが頑固な長男(兄貴)と、要領と外面だけはいいが中身は空っぽな次男(俺)、次男ばかり溺愛する気が強くて意地の悪い姑(母親)、何をするにも姑の言いなりで存在感ゼロの舅(親父)、そして、そんな一家の長男にいで近距離別居する「私(兄)」。
優秀なのに親から嫌われた長男は、大学の学費も出してもらえなかったが、バイトしながら何とか卒業する。
長男の結婚後も両親は何かと辛く当たり、仕送りを強要したり、舅が経営する店での『私』を奴隷のようにこき使ったり。
一方、要領のいい次男は親の庇護の下、大学を卒業させてもらったばかりか、就職してからも実家にタカり続け、姑も次男可愛さにホイホイ無心に応じる。
ある日、舅の店で多額の使い込みが発覚する。
姑は当然のように『私』に嫌疑をかけ、「盗人!金返せ!」と喚き立てる。
義弟は隣で「兄ちゃん、金なら貸したのに」と馬鹿にしたような薄ら笑い。
堪忍袋の緒が切れた『私』は、何とかして濡れ衣をを晴らそうと決意する。
非合法な手段まで駆使した執念の調査の結果、犯人は義弟で、使い込みどころか消費者金融に借金までしていた事が判明する。
調査終了から数日後、親戚一同が集まった法事の席で姑から「盗人女がどの面下げて来てんのよ!」と罵られた『私』は、冷静かつ毅然とした態度で使い込みの犯人は義弟だと告げる。
姑は「次男ちゃんに罪をなすりつけるなんて、なんて女なの!」とキレるが、あくまでも冷静沈着な夫と『私』が動かぬ証拠を差し出すと目が点になる。
真っ青になってシラを切っていた義弟は、形勢不利と見るや逃亡を試みるが、夫と親戚に取り押さえられ観念。
使い込んだカネや消費者金融からの借金はギャンブルや風俗に注ぎ込んでいたと、洗いざらいを白状し許してを請う。
涙を流して土下座する舅姑と義弟。
『私』は許してもいいかなと思ったが、夫は静かに「弟(義弟)を業務上横領で刑事告訴するなら許す」と告げる。
泣きながら「何でもしますから」とすがりつく義弟。
最後は夫も温情を見せ、使い込んだ金を返済した上で実家と完全に縁を切れば許す事にする。
実家の敷居をまたげなくなった義弟は、借金返済のため身ぐるみを全て売り払い、仕事とバイトを掛け持ちする日々。
舅は姑の性格の悪さに愛想を尽かし離婚。
勘当した義弟の代わりに将来は店を継いでくれないかと夫に媚びを売るが、夫は「あんな店、潰れた方がいいんだよ」と冷たく言い放つのだった。
…簡単に言うとこんな話だが、家族の設定以外は荒唐無稽というか創作だ。
兄貴は独立心が強い人で、大学の学費は親に出してもらったが、卒業して就職後、自分の給料から学費に相当する額を毎月コツコツ親に「返済」してたのは事実だ。
親は「返さんでいい」と言ったが、兄貴なりの信念だったみたい。
それはそれで立派…かどうかは知らないが、俺がとやかく言う事でもない。
それに対して俺は「親が出してくれるならいいじゃん」という考えで、就職してからも親に学費を返したりはしてない。
まあ2人とも国公立だし、それほど大した額じゃなかったけどな。
だからって兄貴が両親と険悪と言うわけでもなくて、よく子供(俺の甥っ子)を連れて実家に遊びに行くし、普通に付き合ってる。
兄貴も俺に「お前も俺を見習って返せ」と強要する気はないらしく、学費の事で兄弟仲がおかしくなった事もない。
よく兄弟で飲みに行くし、パソコンを借りた時もそうだが、兄貴の家に行って甥っ子と遊んだりもする。
それから俺は確かに安月給で実家に仕送りしてないが、金も貰ってない。
他の奴と同様、学生時代から小遣いくらいは自分でバイトして稼いでたし。
ちなみに兄貴も学費を返した後は実家に仕送りしてない。
両親は店をやってるが、俺は全く経営にタッチしてないし、横領なんて不可能。
そもそも使い込みがあったなんて聞いた事ないし、兄さんも手伝ってない。
当然、俺は実家から縁を切られてないし、うちの両親も離婚してない。
つまりあの文章は、家族構成だけうちの実家を使った完全な創作ってわけだ。
文章を読む限り、筆者が義弟(俺)と姑(母親)に尋常じゃない敵意を抱き、2人を悪者にしようとしてるのは分かる。
あのまま掲示板に書き込まれたら、普通に「鬼トメざまあww」とか「コウト(だっけ?)タヒねよww」とかレスが入ってるんだろうな、と思う。
さんはごく普通のパート主婦。
別に意地悪だと感じた事はない。
遊びに行っても気さくに「○○君、ご飯食べていきなよ」と声をかけてくれるし、甥っ子も「○○おじちゃーん」と懐いてくれてる。
もちろん親戚付き合いも主婦の仕事だし、無条件で歓迎されてるとは思わんが、正直そこまで嫌われてるとも思ってなかった。
姑に当たる母親とも兄さんは上手くやってるように見えてた。
もちろん本音の部分は分からんけど、姑の喧嘩はちょっと想像できない。
うちの母親はざっくばらんというか、結構ズケズケ物を言う人だが、兄さんの悪口や愚痴を少なくとも俺に聞かせる事はなかったしな。
母親の性格を考えると、決して兄さんの事を嫌ってないと思う。
もちろん登場人物は匿名だし、本当に掲示板に書き込んだかどうかも不明だ。
仮にあのまま書き込まれたところで、俺の名誉が傷つけられるわけでもない。
創作なんだし別に目くじらを立てる事はない、というのはその通りだろう。
ただ、あそこまで悪し様に書かれるとちょっとショックだわ。
メモの後半は別の話だった。
もちろんこっちも創作だが、前半と全然繋がってないから別の話として書いたんだろう。
登場人物や設定は基本的に前半と同じで、『私』はやはり長男の
ただ、前半と違って舅姑はほとんど出てこない。
悪役はもっぱら「義弟」だ。
その話じゃ、義弟はかなり猟奇的というかストーカー気質という設定。
である『私』に異様な性的興味を抱き、隙を見てはセクハラしてくる。
そしてある日、『私』が独りで家にいる時に義弟が訪れ、ほとんどレイプまがいの強引さで『私』と関係を結んでしまう。
悔しさと罪悪感で心身ボロボロだが、相手が身内だけに訴える事もできない。
味をしめた義弟は「義さんが俺に抱かれたって兄貴にバラすぞ」と脅迫し、その後も何度となく訪れては『私』を犯すようになる。
法事で実家に親族一同が集まった日も、自室に『私』を連れ込んで犯す義弟。
どうでもいいが、兄さんにとって法事は特別な行事らしい。
法事が終わり、部屋で泣き崩れる『私』の異変に夫が気付く。
『私』が涙ながらに義弟との関係を告白すると、いつも冷静な夫が鬼の形相に。
義弟の所に乗り込んで鉄拳制裁を加え、強姦と脅迫で刑事告訴すると宣告する。
実際の兄貴は法律に無頓着だが、話の中ではやたら法的手段を好む設定になってる。
翌日、夫に付き添われて警察に行こうとしたら、実家から電話が入る。
義弟が自宅で首吊り自殺してるのが見つかったという。
…って俺、とうとう殺されちゃったよ。
かなり引いたのは『私』が義弟に犯されるシーンの描写がやたら詳細だった事。
頭では拒否しても体は反応し、強引な愛撫に愛液が溢れ出てきたとか、逞しい肉棒に貫かれ、涙を流しながら狂ったように歓喜の声を上げたとか。
文章は正直あまり上手じゃないが、ほとんどエロ小説のノリで書いたみたいだ。
あの文章だけ読むと、俺は明らかな性的異常者で、無限のスタミナと巧みな性技を持つ淫魔みたいに描かれてる。
断っとくが、俺は女をレイプして燃えるなんて性癖はない。
彼女はいるしやる事はやるが、スタミナもテクも人並み。
彼女がいない時期も風俗とは無縁だったし、性的にはむしろ淡泊な方だと思う。
それに兄さんをイヤらしい目で見た事はない。
あの文章を読むまで「良い人だな」とは思ってたが、好みのタイプじゃないし。
甥っ子が生まれて間もない頃、遊びに行った俺の前で授乳を始められ、慌てて後ろを向いたくらいだ。
当たり前だがオカズにした事もない。
単に義弟と関係する話なら「これってフラグ?」と思ったかもしれんが、悪事がバレて兄にボコボコにされた揚げ句、自殺するとか…それはないでしょ。
もちろん、仮にフラグだとしても回収する気はない。
女性としての魅力がどうとか以前に、そういう対象の人じゃないし。
こちらも読んだ人は「義弟は鬼畜以下。死んで当然」とか反応しそうだ。
俺も落ち込んだが、俺の彼女が見たらブチ切れるんじゃないかな。
それにしても兄さん、何でこんな文章を書く気になったんだろう。
リアルじゃ吐けない毒を吐くのも匿名掲示板の役割、というのは分かる。
普段は虫も殺さぬ善人が、掲示板だと誹謗中傷しまくりの荒らしに変身するとか、実例は知らないけど、あっても不思議じゃないな、とも思う。
繰り返すが兄さんは常識もあるし、義弟として接する分には本当に普通の人。
むしろ愛想はいい方だと思う。
だけど、創作にせよあんな文章を書くって事は、俺の事を相当嫌ってるのは間違いない。
俺は別に兄さんが嫌いでもないけど、彼女の方は俺の何かが癇に障ったんだろうな。
俺は独身だし、世間の「おさん」が抱えるストレスは想像するしかない。
いくら舅姑や義弟と別居しててもいろいろ気を使う事はあるだろうし、夫にとっちゃ実の親兄弟だから、愚痴るにしても限度があるかもしれない。
親戚付き合いを無難にこなしながら、掲示板の創作で嫌いな奴を叩きのめすのも「良い」であり続けるためのストレス解消法…と好意的に解釈すべきなのかな。
だとしても、実家から縁を切られたり殺されたりって…いくら創作でも鬱になるわ。
先週、親父の誕生日にプレゼントを届けがてら実家で飯食おうと顔を出したら、兄貴一家も来てた。
さんはいつもと変わらぬ笑顔で俺に声をかけてくる。
「○○君、最近うちに来てくれないじゃない。仕事忙しいの?××(甥っ子)が寂しがってるから、いつでも遊びに来てよ」俺は引きつった笑顔で「ははっ…そうっすね」と答えるしかなかった。